■2005年3月1日発行(第53号)

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可能な限り母の元へ通う日々/アミーユ住吉遠里小野 ■H様の息子様 トップ記事

 今から思えば幸運でした。アミーユへの母の入居面談を終えたのが一昨年11月28日。入居資格を確認後、部屋が2つしか残っていないとのことで、面談場所の妹宅から電話して貰い、アミーユ住吉遠里小野の201号室を確保して貰いました。
 父の死後20年近く一人暮らしをしていた母。身体機能低下のため、独居が困難になり、妹が引き取り、2年ほど同居していたのですが、その妹が体調を崩し、妹の家族と母の関係も悪くなっていました。
 この母の生活の場をどう確保するかは緊急の問題でした。私の自宅に引き取ることが出来ず、特別養護老人ホームに相談したり、近くに部屋を借りて住まわせることを考えたりしていましたが、自宅から徒歩7分程の所で、介護・食事付き高齢者向けマンションが入居者を募集しているのを知りました。入居一時金は広告などで見るような数千万円の値段ではなく、370万円。費用は何とかなりそうなので、実際に見学し、説明も受けました。最終段階で、妻が世話になっているケアマネージャーの方に助言を求めました。「同じ様な施設?アミーユ?が遠里小野にできるのをご存知ですか? 先日同僚が見学に行ってきました。見学された所と比べて検討される価値があると思いますよ」との情報に、早速見学。
 10月にオープン済みで入居が始まっていました。距離が自転車で10分と遠くなりますが、アミーユを選んだ理由は(1)入居一時金負担が少ない。(2)24時間面会可能で訪問者が宿泊することも可能。そして本人の従来の生活スタイルが尊重され「自宅の延長」と考えて運営されていることの2点です。
 自由な時間と空間がアミーユでは確保されるとは言っても、スタッフの方との接触や自分の意志を伝えること、食事や入浴時間のスケジュールなど集団生活の側面があることは否めません。長年閉じ篭りがちな一人暮らしに慣れていること、社交的とは言えない本人の性格、また高齢者は環境の変化に適応しにくい事などを考え、入居準備として、1ヶ月間は妹宅でデイサービスを経験して貰いました。もし、この期間に本人が他の利用者さんや職員の方との対応に適応できなかったり、参加を嫌がったりする場合は入居を見合わせる考えでした。
 結局、デイサービスでのグループ生活について問題は見られず、私も初日は見学させて貰い、食事や入浴介助の際、どのような配慮が必要かということが分かりました。良い準備期間だったと思います。
 新年1月8日が入居の日。妹の長男(母にとっての孫)と私の2名が付き添いました。奈良から大阪市内までの移動も問題なくアミーユに到着。ちょうどミーティングの時間でスタッフの皆さんが勢ぞろいされており、その出迎えを受ける形でお昼の光の溢れるアミーユ住吉遠里小野に第一歩をしるしました。
 母が新しい生活に満足はしないまでも適応してくれるよう願う中で、大変参考になったのはアミーユから貰った入居書類のなかの一文です。「出来るだけ面会に来てください。職員の私たちが提供できる事より数倍の満足感を(入居者は)ご家族の訪問から受け取っているのですから」。印象に強く残りました。
 可能な限り毎日母に会いに通いました。しかし、心配していたことは4月になって起こりました。ささいな事がきっかけで母は自宅に帰ると言い出したのです。衰えた視力と力の弱った手足で自室の荷物をほぼ徹夜で荷造りし、朝私が部屋を訪れると「家に帰る。タクシーを呼んでくれ。息が苦しい。ここにいては死んでしまう」と言い、私が渋ると、胸を押さえて倒れこむ格好までします。母の側にそのまま付き添うことが出来ず、施設長の小山さんに後をお願いしました。小山さんは時間をかけて母の話を聞き、母のこのホームシックの発作をおさめてくださいました。
 その後は母も私も徐々にアミーユの生活に慣れ、昨年の記録的な猛暑を乗り切り、10月には87才の誕生日を迎えて、1年目を終えました。
 日本の社会構造の変化により、家族での高齢者介護が困難となり、介護保険制度導入により社会全体で介護を担う仕組みは出来ましたが、アミーユのような利用し易い受け皿が不足しています。母の件で、高齢者と介護の問題を身近に経験したこと、昨年へルパー2級の資格を取った際に学んだことなどを通じてアミーユの有り難さを実感するとともにアミーユがもっと多くの人々に利用されるよう、今後の事業展開を祈ってやみません。



 H様は、「ご苦労さんでんな」、「おおきに。ありがとうさんです」と、スタッフにいつも優しいお声掛けとお心遣いをしてくださいます。また、援助に入った時には、私たち若いスタッフへ、とてもためになる人生の有益な教訓を教えて頂き、とても感謝しています。
ご入居以来、1日3回(朝昼夕)の食事をしっかり召し上がるかわりに、間食を避けるスタイルを徹底して継続されていますね。食べ残しの無い、きれいな食後のお皿を見るたびに、こちらまで嬉しい気持ちになります。
毎朝、お母様のお顔を見に来られる息子様にも頭が下がる思いでいっぱいですが、お母様もまた、息子様を信用され、「なるべく息子に心配をかけないように、少しでも元気で長生きして息子に安心させてあげよう」との思いが、スタッフにも伝わってまいります。どうぞ、これからも私たちスタッフに気兼ねをなさらず、楽しくお過ごし頂きたいと思います。春になりましたら、お花見にご一緒してくださいね。スタッフ一同、久光さんとの外出を楽しみにしております。




そして月日は八十年過ぎて/アミーユ生野巽中 ■S様 ご入居様の声

 昔の淀川は寂しい所でした。姫島は淀川の側で葦が茂り、朝は水鳥の音で賑やかだったそうな。(中略)
 私の足もはっきりせず老人保健施設に入所することになりました。驚いたことは、なんと百人余りの老人が入所していたことです。皆、家に居られない人達ばかり、私も何とか四月、五月は辛抱して暮らしましたが、六月に入り、何とか皆と合わせて暮らしてみましたが人間関係の古い人と新しい私達に悩みました。
 多くのお年寄りの顔を見るのが嫌になり、生活して行く自信がなくなり、段々と精神状態が混乱して「死」ということを真剣に感じるようになりました。寝苦しい、胸がどきどき、頭が痛い、すべての機能が狂い始めました。私は朝五時半に起きて総婦長さんにお願いしました。(中略)「精神神経科」の中に通されて、施設の中での人間関係、亭主のアルツハイマーが進んでいることを話しました。先生は良く理解され「何もかも忘れなさい、今日からは気楽になりなさい」何も考えない薬を飲んで五十日入院しました。
 お陰で「死」と向き合うことを忘れさせてもらい、私は今、人間は生きたいだけ生きましょう。それは自分の記録の問題ですと悟りました。今は、素晴らしいアミーユに入居出来て毎日を楽しく過ごしています。




 S様が書かれた自叙伝の一部です。この度、自費出版されました。
アミーユへ入居いただいた時からご主人様がいつ亡くなってもおかしくないとのことで自叙伝を震える手で、お部屋で毎日コツコツと書いておられた姿、ご主人様の葬儀での姿が目に焼きついてはなれません。これからは「わくわくツアーズ」などに参加していただき、どんどん、外へ出て頂きたいと思います。




日本の福祉への思い/アミーユ中庄 ガーベラ ■H様 ご入居様の声

 今では喜んでテレビを見るということは、日常茶飯事のことでありますが、昭和時代では日本社会全体が貧しく、朝早くから夜遅くまで、働き通しでした。少しの時間でも、体を使って倹約することが、当然のことであり、嫁は労働者であり、少々の病気では寝ることも許されませんでした。
 そして、昭和も50年を過ぎた頃、「日本は将来、老人問題に取り組まなければならない」と、耳にしたことをはっきりと記憶しております。近年、介護保険が開始され、次々と老人ホームが出来てきました。私は義母を95歳まで介護し、義父も同じく、百歳近くまで介護し、一人では体力・財力の限界があることがあることを知っておりましたから、私が病気で倒れた時に進んで病院や有料老人ホームへ入居して専門家による療養介護に身を任すことにしました。お陰様にて、有難く、充実した日々を過ごしております。
 今後、日本が弱者に対する福祉においてさらに充実されることを願い、一人一人が幸せになることを願っております。



 H様のお話を伺い、改めて昔の方は大変ご苦労なさったと実感致しました。今一度、職員一同、気を引き締め、今後の日本の福祉をより良いものにしていきたいと思っております。




老人ホームの『敬老の日』の一日/アミーユ中庄 グラジオラス ■S様 ご入居様の声

 私は今から2年10ヶ月前に現在の老人ホームへ入居しました。その2年前、80歳の時に脳梗塞になり即病院へ入院。再起不能と思っていましたが、早期治療と早期リハビリにて歩行困難は残ったのですが、目も耳も口も何とか日常生活には適応できるくらいに回復できました。
 退院後、デイケアに週3回送迎してもらいリハビリに通っていましたが、体が不自由になると、古い我が家はバリアフリーの箇所もなく、家族の手を煩わすことになり、老人ホームへ入居することにしました。このホームも要介護認定者でないと入居できません。
 入居者は痴呆、身体不自由者、家族のみでは到底介護ができないような人ばかりです。部屋は個室の洋室で7帖ほど。家具はすべて持ち込み、洗面所とトイレが付き、新築で日当たりよく、介護する方は若い女性でよく教育されていて、「老いたる老人を敬い愛する」をモットーとして、優しく介護してくださいます。
 昨年の9月20日の敬老の日には、入居者の中で何かできる人の作品を展示。1階から3階までのブロックが5つあり、それぞれ花の名前がついていて、当日は2時より1階の大ホールへ全員集合。車椅子の人、痴呆の人もそれぞれに職員が付いて、大阪のほうより、ハンドベルの演奏。近郊の婦人の方々の日本舞踊、銭太鼓。傘踊りのボランティアでの余興。入居者と職員のデュエットはカラオケ大会で熱唱。夕食は、握り寿司に中華料理、家族も招かれ、職員共々和気あいあいの敬老の日を祝っていただいきました。
 私は、戦争中、ニューギニアでの激戦で二五〇〇人の中、九死に一生を得て、43人の中に入った生還者で、帰国した時の年齢は24歳でした。現在84歳を迎え、若くして敵陣で散った戦友より60年も永く生かさせていただき、このように不自由な体になっても、優しく行き届いた介護をしていただき、毎日幸せな老後に、若くして亡くなった戦友を思う時、心の中で「すまん。すまん」と、死ぬまで詫び続けることと思います。
 来年の事は解らない我が身ですが、敬老の日のあたたかい催しに、生きていればこそと、心より嬉しく感謝した1日でした。



 S様は昨年の12月で入居されて3年になりました。寡黙な方ですが、お元気な時からよく新聞等へ投稿され、入居後も数回掲載されました。この文章は『備後春秋』という文集へ投稿されたものです。これからも、色々とお感じになられたことを書いていただきたいと期待しております。




中越地震義援金に募金して/アミーユ山梨 ■M様 ご入居様の声

 今日は、YBS山梨放送へ募金のために連れて行っていただき大勢の方にお逢いして、皆様の優しさに感激いたしました。テレビで新潟の方々のご苦労を毎日見せて頂き、どうか負けないでくださいと願っています。体に気をつけて頑張ってください。



 入居されている皆様の温かい心に触れて感激しています。「新潟中越地震で被災された方の為に何か出来ないか」ということがきっかけで始めた皆様からの募金ですが、入居者様、職員、ご家族様の協力があってこそ、可能でした。27日に募金に行っていただいたお二人には、「どんな時も人のために何かをやることができるんだ」と教えていただいたような気がします。私たち職員も皆様のため、地域のために頑張っていきます。




新年のごあいさつ/アミーユ新倉敷 カサブランカ ■K様 ご入居様の声

 皆様、よいお年を迎えられたことと存じます。
 私たち、おかげで無事に過ごしています。老生は、まだひとりよがりの散文を書いています。歌のような歌も作ります。
 今79歳ですと言ったりします。お笑いください。
平成17年元旦

九十の山を登りつ峯近し
新年を迎えて今ぞありがたし
   K様作



 K様は今年満97歳(自称79歳)。以前、新聞記者をされていました。「家族の広場」にも時折登場する「ままかり」というコラムもK様の文章です。
新倉敷新聞には2ヵ月に1度、コラムを担当していただいています。また、ご本人作詞の「新倉敷で会いましょう」の歌もでき、
コーラスクラブで練習しています。毎月、文章校正のお仕事をしていただいています。おかげさまで新倉敷新聞も34版まで発行できました。
今後も、お健やかにお過ごしいただき、すばらしい文章をお寄せいただいたり、新聞委員を助けていただいたりと、頼りにしています。




アミーユの思い出/アミーユよんでん道後 紅葉 ■O様 ご入居様の声

 私は、どなた様にも迷惑をあまりかけないように人生の最後を飾りたいと思い、喜びと不安を伴いながら、「よんでん(四国電力)」という安心感もあり、平成16年の正月5日11時にアミーユに入所しました。
 体の不具合があったり、様々な境遇の中で入所されている方々のことも考えず、私は遠慮も感謝もしないで、スタッフに無理を言って生活していました。
 そんな8月2日、不注意に転んで膝を骨折し、8月3日から10月末まで3ヶ月間、ギブスをしていましたが、12月中旬には手押し車を押しながらやっと歩けるようになりました。その間は最新の車椅子と思いやりと親切に助けられました。最近では、?お世話?ということの重大さが心の底までしみています。
 アミーユに入所の皆様、岡崎様、スタッフの皆様、厚く御礼を申し上げます。アミーユでは、お誕生祝いや四季を通じての見学や参拝、来島大橋や南予博へ行ったことなど、たくさんの思い出があります。中でも楽しかったのは、お正月前のお餅つき。お餅つきは家庭の季節行事の一つで知らない人はいないと思いますが、男性職員は鉢巻きをつけ、白い息をハアハアと吐きながらつき、女性の手つきも、よく杵とマッチしていました。
 皆様、良いお正月をお迎えください。新しい年も、また思い出をたくさんお願いします。



 O様は、紅葉でもダントツの前向きさで、どの行事にも参加していただき、とても嬉しく思っています。アミーユに入居されて初めてのおもちつきを見学され、「これはええ! 懐かしいわい」と大変喜ばれていました。責任感の強いO様だからこそ、他の入居者様まで気を配り、「あんたも昔こねよったやろ?」「こっちのほうがよく見えるからこっちへ来てみなさいや」と、他のユニットの方にも話しかけられ、ご本人も満足そうでした。
今後もO様の前向きさを見習い、職員一同励んでまいりたいと思います。




快適で健康な毎日を/アミーユ南岡山 ■I様の息子様 ご家族様の声

 間もなく、89歳の母が入居して10ヶ月が経ちます。転倒、骨折、入院、手術、リハビリ… 築200年の大きな家では、今後、生活ができないのでどうしようか思案していた時、アミーユ南岡山をケアマネージャーから紹介されました。
 歩行器を使ってやっと歩ける状態で入居しても生活ができるのかどうか、大変心配でした。明るくて、きれいで、段差のないフロア、広いダイニングルーム、完備されたお風呂、個室にはトイレ、洗面所、エアコン…。食事や洗濯、掃除、そして介護と全てお願いできてリーズナブルな料金。
 ここに入居してから、母も規則正しい食事、定期的な健康チェック、いろいろな行事への参加など、仲間の皆様方と生活を楽しんでいるようです。
 入居してから2ヶ月程で体調もよくなり、ここでの生活にも慣れてきたのか、精神的にも落ち着いてきました。お風呂上りのお茶タイムはとても元気に見えます。我々、子ども(60歳代)たちが訪ねるより、曾孫(5歳)がたまに行くと大喜びします。
 それにしても、いつも感心するのは、お世話するスタッフの皆様方の笑顔と挨拶、そしてお年寄りに優しく接する気持ちと行動が実の家族以上だと思う点です。これなら、安心してお任せできるという信頼感を我々家族が持っても不思議はないでしょう。入居者の家族にとって、一番大切なことは、入居者が快適にそして健康に老後の毎日の生活を楽しんでくれているかどうかです。
 施設の評価は充実した設備もさることながら、入居者の皆様方と運営スタッフの皆様の努力に負うところが大きいと思います。現場のスタッフ一人一人のお仕事の積み重ねが素晴らしいアミーユを作っていくことでしょう。おそらく、老人問題についてこれまでの体験や研究されたノウハウを現場で良い形で実現されているように見えます。これは、経営の理念がしっかりしていると同時に、それを職員一同が理解し、愛情を持って実践できる職場環境が整っているからだろうと思います。
 スタッフの皆様による様々な行事の立案や実施、家族会、食事会など、これからも楽しみにしています。この若さや情熱をいつまでも持ち続けて頂き、素晴らしいアミーユに育てて頂ければと願っています。



 毎日、顔を合わせる度、穏やかな笑顔でお話してくださり、スタッフ一同元気を頂いております。
また、ご家族様のご協力に感謝致しております。今後とも南岡山スタッフ一同、力を合わせて頑張ってまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します。




姉の笑顔が喜びです/アミーユ南岡山 ■T様の妹様 ご家族様の声

 姉がアミーユ南岡山に入居させていただいて10ヶ月になりますが、スタッフの皆様のお陰で、アミーユでの生活にも慣れたようで、スタッフの皆様に感謝しております。
 姉は10年前まで神戸で暮らしておりましたが、阪神大震災で家屋が倒壊し、夫婦2人で岡山に帰ってきました。先日の新潟県中越地震の報道を見ていると、倒壊した家から逃れ出て、避難所での生活をしていた姉たちの精神的、肉体的両面の苦痛が大きかったことを今更の様に感じました。岡山に転居してから3年後に義兄が死去し、姉はひとりで暮らしていましたが、体の不調が続き、ひとり暮らしは不安になり、悩んでいた時にアミーユ南岡山のことを知人より聞き、本人が望んで入居させていただきました。
 姉は私より9歳年上で、母が病弱であったせいもあり、子どもの頃より随分世話をしてもらいました。手先が器用で、縫い物や編み物が上手でした。私の着物等は、ほとんど姉が縫ってくれました。今は手がうまく動かないので思ったことが出来なくて、残念だろうな、と思っていましたが、先日は貝の飾りや鞠を教えていただき、細かいところは手伝ってくださったそうで、きれいなかわいい鞠が飾ってあり、嬉しかったです。布を扱うことの好きな姉に、こうして布で飾り物を作る機会を設けてくださったことに感謝します。
 私にとって母のように思っている姉ですが、楽しそうに過ごし、笑顔を見せてくれることが大きな喜びであり、また、幸せだと感じています。
 これからもスタッフの皆様にはご迷惑をお掛けすることがあるかと思いますが、宜しくお願い致します。



 先日、職員の提案でご参加いただきました「昔の写真展示会」では、T様の20歳前後の写真を出展してくださいまして誠にありがとうございました。
T様は恥ずかしいとおっしゃられましたが、お若い時もとても美人で、職員一同驚きました。他の入居者様にも優しくしてくださり、感謝しています。
これらかもよろしくお願いします。




新年茶会/アミーユ新倉敷 アミーユから

 1月6日、新倉敷で新年茶会がありました。お茶の先生をされていた入居者の方におねがいしましたところ、快く引き受けてくださり、
 また、大切なお道具もお貸しくださいました。三人の先生のお点前とまたご教授によって、職員のお稽古があったり、
 和やかにまたゆったりと歓談できる、素敵な時間を過ごすことができました。
 琴の音をききながら、蝋梅をながめて、T様が「花粉と、カフェインをひっかけたのよ」とおっしゃり、一句詠んでくださいました。

初釜の 花粉をのんで
 めがあいた
      T様作




鞆の浦への旅行/アミーユ倉敷 ■Y様の奥様 わくわくツアーズ

 9月2日よりアミーユ倉敷にお世話になって、始めてのバス旅行です。夫の体調が気がかりで申し込みした後で、少し早まったかな〜と出発まで自問自答を繰り返していました。
 中庄からリフト付の大型バスに乗りアミーユの皆様と一緒に出発しました。バスの窓から秋の陽射しが暖かく夫と並んでの旅も久し振りとあれこれ感傷にひたっているうちに海が見え、あっという間に目的地、歐風亭に着きました。広々とした立派なホテルに入り前方を見ると、あの源平合戦の舞台となった鞆の浦がキラキラ輝いて私たちを迎えてくれているようで思わず歓声を上げました。男性の職員さんに3階の大浴場にゆっくり入れて頂き風呂好きの夫も大満足でした。食事は、2階大会場で、見本より沢山の料理が次々と持ち出されいずれも美味しく、胃が一つしかないのがとても残念でした。夫も黙々と食べながらも上機嫌で、並んで食事をするのもまた新鮮でした。
 民謡や踊りなどで盛り上がり、皆さんと打ち解け合い、今日は出席してよかったとしみじみ思いました。職員の方々もさりげなくお世話してくださってどんなに心強かったかしれません。有難うございました。
 暮れなづむ夕日の中を出発時の不安も消え足取りも軽く家路に向かいました。

鞆の浦への旅行/アミーユ倉敷 ■Y様 わくわくツアーズ

 「バスの旅は、ほのぼのとしていいものだなあ。食事もとてもおいしかった。また、何処かに行きたい」と話してくださいました。



 1時間少々の旅でしたが、食べ物が美味しかったのは勿論のことですが、一番の喜びは入居者様の普段以上のうれしそうな笑顔が見えたことです。ご一緒させて頂いてよかったと思います。ありがとうございました。




アミーユ中庄 ガーベラ ■Y様 ご入居者様の作品

ひ孫来て 描いてくれたる まんがの絵 新撰組の 近藤勇
正月に かるた合わせし 若き日を 思い浮かべる われ九十九歳





 Y様の俳句のすばらしさはもちろんのこと、短時間にもかかわらず、いつもあっという間に作品を作られることに、職員一同、大変感心しております。Y様の作品は他の入居者様、ご家族の皆様にも大変好評ですので、今後ともY様には四季折々の俳句を作っていただきたいと思っております。




アミーユ星田  ■T様 ご入居者様の作品

花束を 受けしよろこび 風かおる
久々に おでんの匂う 夕厨
本年も 平和を切に 冬の星
カラオケで 好きなお酒を 呑みながら
一億の 夢見て買うや 宝くじ
股覗き 日本三景 春の海
初夢や 地震うつつに 眠りけり
黒髪の 白くまじりし 年の暮
今年こそ よき年願ひ 初詣
よき友を 送りてさみし 星月夜




 すばらしい内容の俳句を多々頂くのですが、その中から厳選したものです。いつもありがとうございます。T様の感受性溢れる句は他入居者様の間でも評判です。今後ともご無理のないよう、宜しくお願い致します。