今から思えば幸運でした。アミーユへの母の入居面談を終えたのが一昨年11月28日。入居資格を確認後、部屋が2つしか残っていないとのことで、面談場所の妹宅から電話して貰い、アミーユ住吉遠里小野の201号室を確保して貰いました。
父の死後20年近く一人暮らしをしていた母。身体機能低下のため、独居が困難になり、妹が引き取り、2年ほど同居していたのですが、その妹が体調を崩し、妹の家族と母の関係も悪くなっていました。
この母の生活の場をどう確保するかは緊急の問題でした。私の自宅に引き取ることが出来ず、特別養護老人ホームに相談したり、近くに部屋を借りて住まわせることを考えたりしていましたが、自宅から徒歩7分程の所で、介護・食事付き高齢者向けマンションが入居者を募集しているのを知りました。入居一時金は広告などで見るような数千万円の値段ではなく、370万円。費用は何とかなりそうなので、実際に見学し、説明も受けました。最終段階で、妻が世話になっているケアマネージャーの方に助言を求めました。「同じ様な施設?アミーユ?が遠里小野にできるのをご存知ですか? 先日同僚が見学に行ってきました。見学された所と比べて検討される価値があると思いますよ」との情報に、早速見学。
10月にオープン済みで入居が始まっていました。距離が自転車で10分と遠くなりますが、アミーユを選んだ理由は(1)入居一時金負担が少ない。(2)24時間面会可能で訪問者が宿泊することも可能。そして本人の従来の生活スタイルが尊重され「自宅の延長」と考えて運営されていることの2点です。
自由な時間と空間がアミーユでは確保されるとは言っても、スタッフの方との接触や自分の意志を伝えること、食事や入浴時間のスケジュールなど集団生活の側面があることは否めません。長年閉じ篭りがちな一人暮らしに慣れていること、社交的とは言えない本人の性格、また高齢者は環境の変化に適応しにくい事などを考え、入居準備として、1ヶ月間は妹宅でデイサービスを経験して貰いました。もし、この期間に本人が他の利用者さんや職員の方との対応に適応できなかったり、参加を嫌がったりする場合は入居を見合わせる考えでした。
結局、デイサービスでのグループ生活について問題は見られず、私も初日は見学させて貰い、食事や入浴介助の際、どのような配慮が必要かということが分かりました。良い準備期間だったと思います。
新年1月8日が入居の日。妹の長男(母にとっての孫)と私の2名が付き添いました。奈良から大阪市内までの移動も問題なくアミーユに到着。ちょうどミーティングの時間でスタッフの皆さんが勢ぞろいされており、その出迎えを受ける形でお昼の光の溢れるアミーユ住吉遠里小野に第一歩をしるしました。
母が新しい生活に満足はしないまでも適応してくれるよう願う中で、大変参考になったのはアミーユから貰った入居書類のなかの一文です。「出来るだけ面会に来てください。職員の私たちが提供できる事より数倍の満足感を(入居者は)ご家族の訪問から受け取っているのですから」。印象に強く残りました。
可能な限り毎日母に会いに通いました。しかし、心配していたことは4月になって起こりました。ささいな事がきっかけで母は自宅に帰ると言い出したのです。衰えた視力と力の弱った手足で自室の荷物をほぼ徹夜で荷造りし、朝私が部屋を訪れると「家に帰る。タクシーを呼んでくれ。息が苦しい。ここにいては死んでしまう」と言い、私が渋ると、胸を押さえて倒れこむ格好までします。母の側にそのまま付き添うことが出来ず、施設長の小山さんに後をお願いしました。小山さんは時間をかけて母の話を聞き、母のこのホームシックの発作をおさめてくださいました。
その後は母も私も徐々にアミーユの生活に慣れ、昨年の記録的な猛暑を乗り切り、10月には87才の誕生日を迎えて、1年目を終えました。
日本の社会構造の変化により、家族での高齢者介護が困難となり、介護保険制度導入により社会全体で介護を担う仕組みは出来ましたが、アミーユのような利用し易い受け皿が不足しています。母の件で、高齢者と介護の問題を身近に経験したこと、昨年へルパー2級の資格を取った際に学んだことなどを通じてアミーユの有り難さを実感するとともにアミーユがもっと多くの人々に利用されるよう、今後の事業展開を祈ってやみません。
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